側近として仕えていた伊賀忍者の服部半蔵は、機転を利かせ海路脱出を図ります。
住吉・佃の漁師に船を出してもらえるよう依頼し、快く受けた佃の漁師たちは海路で家康を紀伊半島に送り届けました。また、漁師たちは帰路の道中にと、漁師の保存食「潮炊き」の小魚を分けあたえました。
この「塩炊き」こそ佃煮のルーツとなり現代まで受け継がれているのです。
伊賀忍者の先導とその潮炊きのおかげで、家康は無事岡崎に帰りつき、その後は天下取りに邁進します。また、佃の漁師たちとの交流も続き、大阪冬の陣、夏の陣においては、大阪城の出入り漁師に扮し、大阪方の情報を徳川方に伝えていました。
この「塩炊き」がなければ家康は天下を取れなかったかもしれません。
そして佃煮・甘露煮は後世に残らなかったかもしれませんね。 |